Bloom Entirely

思い切り咲きなさい。人生とは花のようなものだ。誰にも遠慮することはない。「私」という花を咲かせなさい。

その花はこの宇宙に一つしかない。どれがより高くて、どれがより低いということはない。花が咲けば、それはあなたが真の意味でこの世界に立ち上がったことを意味する。それはこれまで一度も起きたことのない現象であり、この先にも起きることのないたった一つの現象だ。

花が咲いたとき、あなたは心から笑うだろう。花が咲いた瞬間、あなたの疑問は霧散する。あらゆる思考があなたの周りの空気に融ける。そして「今」だけが残るのを観るだろう。あなたはプレゼンスそのものとなる。

あなたの世界で起きていることはこれまでと変わらないかもしれない。しかし、あなた自身が変わっている。あなたがプレゼンスそのものとなったとき、あなたの世界は全く違う香りを放つようになる。

それは不可逆的な変化だ。しばらく体験して、また元に戻るような中途半端な体験ではない。宇宙はあなたにあなた自身を差し出す。あなたはそれを受け取るか、受け取らないか、それだけだ。味見は存在しない。少しでも自我へのこだわりがあるならば、その機会は手から滑り落ちていく。自我を握りしめているその手では、あなた自身が差し出されたとしても受け取ることができない。

私は出会う人すべてにこう質問する。

「あなたの叶えたいことはなにか?」

そこにあなたが本質に目覚める鍵がある。あなたがその問いに答えたとき、あなたはなにを感じ、なにを考えたか。この問いがあなたを本来のあなたに導く。どんなに優れた本も伝統的な教えも心温まるストーリーもあなたを本質には導かない。あなたを導くのはあなただけだ。私はあなたにこのことを伝えに来た。

人は社会的な存在だ。しかしこの問いにはあなたのマインドから一切の社会性を排除する必要がある。なぜなら多くの人が自分の望むことを他の人が望むことと重ねているからだ。親のため、子どものため、愛する人のため、社会のため、人類のためとリストはどこまでも続いていく。それらはあなたを本来の自分から遠ざける最も強力な呪文となっている。

あなたがハートの中心から願うことはなにか?

どんなにくだらないと思えるようなことでも、とても人には言えないような欲求だったとしても、それがあなたの心の奥底からやってきているのなら、それを実現することだ。逆にどんなに崇高に見える目標でも、それが他人の価値観や欺瞞や承認欲求にほんの僅かでも浸潤されているものだとしたら、それはなんの価値もないたわごとに過ぎない。

あなたが本当に心から思うことを実現することで、魂は歩んでいく。次の段階に進む。

次の段階に進むと、また次の願いが出てくる。そうしたらその願いを叶えなさい。こうして次々と願いを叶えることで、あなたは自分が本当はどこに進みたいのか、そもそもこの人生でなにをやりたかったのかが分かってくる。

最初の願いをくだらないと思ってしまうと、実現する段になってなぜこんなくだらないことをやるのかと感じるかもしれない。しかし、そのくだらないことを叶える行為には途方もない価値がある。最初の願いがあまりにも子どもっぽくて叶えることがためらわれることさえあるかもしれない。それでも叶えなさい。子どもっぽく感じられるのだとしたらそれはあなたが子どものときにその願いを叶えなかったというだけのことだ。

ハートの願いを叶えて魂の歩みを進めることで、花は咲くための準備を始める。蕾の中で花びらが一枚、また一枚と作られていく。あなたという名の花はあなただけが育んでいくものだ。花を借りてくることはできない。

いつか叶える大きな夢などはいらない。大きな夢は人生の重荷となる。今、あなたのハートに響いている願いはなにかを知り、それを叶えることに集中しなさい。

自分のあらゆる願いを聞いていれば、あなたはやがて蕾となる。蕾となれば、あとは期が熟すのを待つだけだ。ブルームに向けた最後の一押し、その瞬間は思いも寄らないときに、思いも寄らないところからやってくる。それをコントロールすることはできない。ただひたすら願いを叶えたら、すべてを手放す準備をして、ただ待つのだ。

必ずその瞬間はやってくる。なぜなら人類とはそのような存在だからだ。人類はこの肉体を持って目覚めを体験する。調和から調和へのトランジションを体験する。

思い切り花を咲かせなさい。これが最後の花だ。

Neosho

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