Chasing After Clouds

真理は存在しない。真理を探しても、どこにも見つかりはしない。ありもしないものを追い求めるのは今すぐにやめることだ。

これまでの人類で誰も真理に到達したものはいない。なぜなら、真理とは山にかかる雲のようなものであり、眺めることはできても、それを手に入れることはできないからだ。頑張って山に登ったところであなたは雲をつかむことはできない。

真理はマインドの産物だ。いろいろなことを考え、思考を巡らせていると、どこかに理詰めで到達しうる究極の答えがあると信じてしまうようになる。しかし、人はどこまで突き詰めても真の理に到達することがない。

この世界は論理では割り切れない。マインドから生じた理(ことわり)という概念をいくら突き詰めてもそれは理であることに変わりはない。どんなに素晴らしく精緻な理論でこの世界を解き明かしたとしても、マインドはすぐに次の真理を用意するだろう。

マインドには常に新しい真理が必要だ。マインドと真理はお互いに忙しくさせる関係性にある。マインドは休みなく真理を追い続け、真理はどこまでも遠ざかっていく。

言葉と言葉を組み合わせて言葉にならないものをいくら表現したところで、終わりはない。あなたはメビウスの輪の上を永遠に歩き続けることになる。

真理とは、なにか特別なものであるかのような響きを持つ。しかし、あなたが風船を膨らませているときに、最初の空気より最後の空気の方が特別だと思うだろうか?マインドから生じた理はどこまで膨らんだとしても理であり、それ以外のものにはなり得ない。一つの理に特別なラベルを貼ったもの、それが真理の正体だ。

真理とはホログラムによって築かれた幻影だ。じっとみつめるとそこに本当になにかが在るように感じられる。しかし、ホログラムを投影する装置のスイッチを切れば、一瞬でそれは消え去る。スイッチを切ると、幻影が消えてあなたは真我になる。

真我そのものとなりなさい。真我とは、源と一体であることを思いだした「私」だ。真我そのものであれば、言語も論理も時間の概念も消え失せる。真我となった瞬間に、あなたは真理というものがどこにも存在しないということを知る。

この世界を解明する究極の答えは存在しない。なぜならこの世界は常に新しいからだ。「今」起きていることは、この宇宙で初めて起きたことだ。そして、それを起こしているのは、常にあなただ。

この世界は「今」創り続けられている。この瞬間が新しい世界であり、「今」にすべてが含まれている。私たちの在り方が「今」を創っている。私たちの在り方がこの世界を知るための解だ。

真我となったとき、そこに理は存在しない。

真我となったとき、すべての疑問は消え去る。

真我となったとき、そこには普遍の輝きだけが在る。

Neosho

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