Get Your Answer

あなたの答えを出しなさい。それが探求であり、人生の旅だからだ。答えなしには、人は安住することができない。答えのない人は、人生の流離人(さすらいびと)となる。あなたにとって最も大切な問いに、あなた自身の答えを出しなさい。そうやって初めてあなたの魂は一歩前に進む。

水を求めて地中をどこまでも進む木の根のように、私たちの心は生の中に深く深く入り込んで探究を続ける。なぜこのような途方もない旅路に踏み込んでしまったのか、この生というどこまでも広がる神秘に圧倒され、漠とした不安にとらわれることもあるだろう。

しかし、私たちは心のどこかで知っている。「私」という本質はまるで問いなど存在しない緩やかな静穏の中に棲んでいるということを。私たちの魂は「今」という体験を通じてのみこの世界を、この感動を味わいたがっているということを。

魂には過去も未来も前世も来世もすべてが含まれている。私たちが魂の深い泉にたゆたうとき、私たちはなにも知る必要もないしどこかへ行く必要もないと知る。そこには問いも疑いもない、ただ静けさが広がる世界であることを私たちは覚えている。

月の高い夜に一杯のコーヒーと共にソファに腰を下ろせば、頭には問いが浮かんでくる。どんなに頭を巡らせても答えられることのない問いだとわかっていても、ただつらつらと問いから繋がっていく言葉の広がりに身を委ねる。

私はどこから来たのか?
私は一体どこへ行くのか?
私の生きる目的はなにか?
私は誰なのか?

誰もが発するこの問いに、答えを出す人は少ない。答えを出したところでもし正しくなかったら恥をかくのかもしれないと思ってしまう。人は嗤われるのを嫌う。しかし思い出してほしい。この世界にはそもそも正しさなど存在しないことを。

「今」この瞬間にあなたの内奥から発せられた問いに、「今」この瞬間に答えない理由など一つもない。その乾いた喉に、今すぐ水をそそぐのだ。

あなたの答えを出しなさい。誰にも遠慮することはない。どんな答えも間違いではない。

あなたの内奥から発せられる問いに敏感でありなさい。多くの人は答えを出さないまま人生を先に進もうとする。しかし、それは精神に抑圧をもたらし、やがては人生に混乱を生む。どんなに社会的な成功を収めても、どれだけ世間的に評価されても、あなた自身のハートから湧き出た最も重要な質問に答えていなければ、それらは空虚に感じられるだろう。

あなたの内側から問いが出てきたら、答えを出しなさい。そのときの最高の答えを出すのだ。翌日、また同じ問いが浮かんできたら、またそのときの最高の答えを出しなさい。昨日出した答えは今日の答えとは違うかもしれない。問いが浮かんできたそのときに最高の答えを出すことが大切だ。

あなたの中心から湧き出る問いにあなた自身が答え続けること、それこそが人生の醍醐味であり、そのプロセスを積み重ねることであなたの人生は確立していく。一切ぶれのない、よどみのない自己の在り方でこの世界を生きたいのならば、答えを出すことだ。

あなたの内側から出てくるものに意識を向けなさい。あなたの内側から発せられるあらゆる問いに敬意を払いなさい。この世界に雑草という植物が存在しないように、くだらない問いというものは存在しない。すべての問いにはそれが存在する理由がある。どんな問いであっても、それがあなたの内側から湧いたものである限り、それはあなたの道を示すことになる。その問いから答えまでの道のりがあなた自身の道そのものとなる。

もしこの人生で目覚めを体験したいなら、あなたの人生におけるあらゆる問いに答えることだ。もしあなたが人生を眠ったまま過ごしたいのならば、一切の問いを無視すればいい。問いがあるということが、あなたの探求の証だ。問うことをやめたとき、あなたの生は止まる。

もし今のあなたがこれからなにをすればよいか分からないとしたら、あなたの生は止まっている。生が止まっているということは、あなたの肉体は起きて活動しているが本質は眠っているということだ。あなたが人生における内なる問いをこれまで無視してきたということに気づきさえすれば、再びあなたの中から問いが湧き起こり、あなたの生は動き出す。

探求に答えはない。しかし、絶えざる生の希求が、あなたを実存に導く。

ひとたび実存に到達したら、あなたの旅は終わる。すべての問いは答えられ、問いの萌芽は空気の中に消え入る。探求とはなにか、思い出すこともない世界に永遠に生き続けることになる。

あなたは「今」という至福に満たされる。

すべてが寝静まった夜に独りで目を閉じたときも、朝の光の中で夢の甘美な体験をかき消すようにうっすらと目を開けたときにも、そこには「今」が在る。

Neosho

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