ガイドとは川の流れ

ガイドとは、たとえるなら川の流れのようなものです。

私たちの人生は、川の中にあり、川の流れに乗って進むことができますが、時折、その流れに棹を差して流れと違う方向に進むこともあります。この棹がエゴ(ego)の働きです。

私という瞬間を体験すること、それが人生の在り方です。
棹を差して水を知る、流れを知ることは人生の体験となります。

人生とは本来、流れるものです。
しかしあまり流れに逆らっていると人生がどこに向かっているのかわからなくなってしまいます。

私たちは教育の中で「棹を差しなさい」と教わってきました。
自分で計画し、自分で行動し、自分でその結果に責任を取りなさい、と習うので、なにか自分で人生における全ての現象をコントロールすることが求められているのだと勘違いしてしまうのです。このことが世界をコントロールしようとする世界観を創り出しています。

棹を差すことをやめて本来の川の流れに沿って進む人生を選ぶ、これがガイドと共に歩むことを選ぶということです。

やがてあらゆる力が抜けて川の流れに完全に委ねるようになると、川の流れとあなたは一体化します。そうすると「ガイド」という呼び方も存在しなくなります。一体なので「私」か「ガイド」かという区別はありません。

「ガイドはいつもあなたと共にいます」
という言葉は、あなたの人生はいつも流れと共にある、ということを表しています。

ガイドはあなたの進む道を示してくれますが、だからといってあなたを強制したり、服従させるようなことはありません。

私たちはいつでも自由な意識を持って人生を進むことができます。

川の流れは、誰にとっても同じ川の流れです。ですから、誰かのガイドというのは存在しません。誰にとってもガイドはガイドなのです。ガイドを擬人化することもできますが、それはエゴの働きです。エゴの働きによる現実を楽しんで体験する、という自由も私たちにはあります。

エゴは特段悪いものではないので、流れに棹を差したからといってそれが悪いということもありません。流れに逆らって棹を差すと舟の周りの流れがより大きく感じられたり、水しぶきがはねたり舟がひっくり返りそうになったりしてそれを楽しむことができます。そして、川の流れとはどのようなものかをより深く知ることになります。

ガイドとは私たちを本質に導く働きのことです。私たちはいつでもその働きのまま本質に生きることができます。

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