Live In Totality

トータルに生きなさい。人は命とひらめきの両方を生きている。生命だけで生きるのではなく、ひらめきだけで生きるのでもない。命とひらめきを一つに融合すると、人はトータルに生きることができる。

あなたは生まれたときからずっと調和しており、完璧な存在だ。どれほど成長したとしても、どれほど年老いても、人間の一生は、調和から調和へと移り変わる景色でしかない。生を死へ向かう旅路ではなく、調和から調和へと移り変わる道程だと認識すると、人生に変容が訪れる。

現人類の最も大きな病は思考だ。思考にとらわれた人は生を謳歌しない。思考に惑わされていると生そのものを感じることがない。思考は「今」この瞬間にあるという人間本来の在り方にブレーキをかける。

一輪のバラを見たとき、人はその美しさを「今」感じている。しかし、その次の瞬間に人は考え始める。「美しい」と声に出して、「この色が」「この花びらの形が」と注釈を加えていく。集中すればするほど、観察が深まれば深まるほど、「今」から遠ざかっていく。

美しさは、すでにそこにある。どんな言葉もそれを表現することはできない。あえて表現することを選ぶことはできる。しかしそれは思考の遊び、マインドの遊びに過ぎない。

美しさは、あなたの心を打つ。それだけでいい。あなたのハートはバラの美しさに、命に射貫かれる。それだけでこの世界は完璧なのだ。

ありのままでいられれば、あなたは「今」に在り続ける。命はそこに在り続ける。

それはなんの意思も意図もなしに生きるということではない。思考から離れてただ本能の赴くままに生きることでもない。ありのままに生きることとは、人間としての全体性を、この宇宙の調和そのものを生きることだ。そこにはあなたの意図、思考、感情、知性、體のすべてが絶妙なバランスで満ちている。なにひとつ欠けるものはない。

あなたは自分の行動が、思考による結果だと思えることがあるかもしれない。しかしそれは誤りだ。あなたのあらゆる行いは、ひらめきによって起きる。それをなんとか説明しようと、思考を巡らせているだけに過ぎない。このプロセスがあまりにも高速で行われるので、あなたは思考の末に決断し行動を起こしていると思い込んでしまうのだ。

思考を超越しなさい。思考の先にある光、宇宙にあまねく存在するひらめきをつかむことだ。あなたの中にあるのは、思考ではなくひらめきだ。あなたという存在は、ひらめきで満たされている。ひらめきこそがあなたの実存の萌芽だからだ。

生命を謳歌しなさい。そしてひらめきと生命を同時に発現させることだ。

インスピレーション(吸気)とエクスピレーション(呼気)が一体となったとき、地球的表現としての肉体と宇宙的表現としての精神が統一されたとき、あなたはトータルに生き始める。あなたは本質という名のダンスを踊る。

地球上における生命としての顕現と、宇宙的な存在としてのひらめきの二つが同時に起きたとき、あなたは人間としての全体性を生きることになる。
 
そのとき、あなたは地球にいるということがいかにかけがえのない体験であるかを知る。
そのとき、あなたはこの世界が美しくまばゆいほどに輝き続けていたことを知る。
そのとき、あなたは「今」だけが永遠に存在していることを知る。
そのとき、あなたは本当はなにも知らない、ということを観る。

トータルに生きなさい。

トータルに生きること、それは不可逆的な、決定的な体験だ。それをひと度あなたが体験したら、もう後戻りはできない。バランスを崩してゆらゆらしたり、あれやこれや考え悩んだりすることはできなくなる。

そして、「今」だけが在り続ける世界を生きることになる。

Neosho

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