Never Mind

ネヴァーマインド。
この世界は祝福に満ちている。

生きるということはこの世界の膨大な可能性に身をゆだねるということだ。生きていると毎日さまざまなことが起きる。楽しいこともあるが、時にいらいらしたり、気に病んだり、頭を抱えることもあるかもしれない。しかし、それを気にするのはマインドの仕事だ。マインドにあなたの生を譲り渡すのをやめよう。あなたの生は、この一瞬に集約されている。あなたは「今」というこの瞬間に、どんな世界も選ぶことができる。

そしてもしあなたが、「自分で世界を選んだとしても嫌なことは依然として存在する」と思うなら、あなたは考え違いをしている。

他の誰でもない、あなたこそがこの世界のクリエイターだ。あなたがいなければあなたが今こうして認識している世界は存在しない。嫌な世界があるとしたら、あなたは自分自身で嫌な事がある世界を創り上げているということだ。”依然として存在する”のはあなたが自分にとって好きなものであれ嫌なものであれ今にいたるまでずっと創り続けてきたという事実だ。

ネヴァーマインド。

あなたがもしなにかつまらないものに気を取られたら、そう言いなさい。外側からの刺激を受けてくるくると移り変わるマインドにあなたの命を預けるのをやめるのだ。あなたの命はそんなに安くない。

実際のところ、あなたにとって本当に重要なことなどあなたの外側にはない。なぜなら外側の現象はあなた自身がクリエイションの意図をもって創ったものだからだ。もしも外側の出来事に興味があるなら、少しくらいはあなたが創った世界を観てもいいだろう。その世界を観て喜んだり笑ったり、涙を流したりするのも完全にあなたの自由だ。

しかし本来、私たちは「今」にしか生きることができない。もしあなたが既に創り上げられた過去にあまりにも深く拘泥して「今」という瞬間を生きることをやめれば、「今」はあなたの手から滑り落ちていく。

この世界の出来事にいくら喜んでも、どれほど悲しんでも、現象界に向かって言えることは「ネヴァーマインド」だけだ。現象界での悲しみはいらないけれど喜びは取っておきたいなどという倒錯した身勝手な概念からは離れることだ。なぜならあなたが観ているこの世界とは喜びも悲しみもどちらも同じように過去の出来事だからだ。喜びは過去にあるのではない。喜びは「今」にある。

私たちは「今」に生きている。あなたがもし現象界に現れた”喜び”を追求したいのなら、その喜びがあなたのどこから現れたかを知ることだ。現象界での喜びはあなたの創造した喜びであり、その創造の瞬間にあなたはどこにいるのか、それを見つけなさい。それが喜びの源泉を知るということだ。

喜びは誰かが運んでくるものではない。あなた自身がクリエイトした世界を観てあなたが喜んでいるとき、あなたはその喜びがどこから来たと思うのか。

ネヴァーマインド。

この現象界で起きているすべてにこの言葉を放ちなさい。そしてこの世界があなたの目の前に現れる直前に存在するあなたの在り方に目を向けるのだ。

そこにあなたは実存を見出す。あなたは永遠の平和を見出す。

あなた自身が喜びの源泉であることを思い出しなさい。
あなたの意識が「今」ここにあることが最大の祝福であることを思い出しなさい。
この世界があなた自身が創り上げたよくできた幻想であることを思い出しなさい。

ネヴァーマインド。
ネヴァーマインド。
ネヴァーマインド。

マインドとはよくできたホログラムの花のように、花の実像を見せていると思わせる。しかし、よく近づいて観れば影も形もないことがわかる。マインドとはそのようなものだ。

実存という名の花は、あなたのハートにひっそりと咲いている。その花弁に手を触れれば、あなたの世界の喜びがすべてそこから始まっていることに気づく。その花の香りを嗅げば、あなたという世界がすべてこの花の写し絵だったことを思い出す。

Neosho

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