Consciousness Has No Limit

意識は広がり続ける。そこに限界はない。意識がどこまでも広がっていくと、やがて自己は消滅し、神聖なものと一体になる。そこでようやく自らが神聖であったことを思い出す。

私たちはまだ小さい頃、心から笑い、心から泣くことができたのは、意識に限界がないことを知っていたからだ。

しかし、いつしか成長する過程の中で意識には限界があり、この世界にも限界があると信じてしまうようになった。本来は想念の結果としてできあがってくる現実、それを既にあるものとして見つめていると、いつしか現実は動かしがたいものになり、「私」を限界のある存在として見なすようになる。

現実を見つめ続けてそこに限界があると感じるのは、ひたすら地面を見ながら走るランナーのようだ。地面を見たままだと壁にぶつかるかもしれないし、方角を間違えるかもしれない。だから恐る恐るスピードを出さずに走るしかない。それでも走らないと誰かに追い抜かれてしまうという恐怖に駆られながら走る。全力では走れないのでいつもストレスを抱えている。そんなランナーはいない。ランナーはいつもゴールを見つめている。苦しいときも顔を上げてゴールに到達した瞬間だけを思い描きながら走る。ランナーにとっては最高のパフォーマンスで走り抜けることだけが目的だ。ランナーは地面を見ない。ランナーの意識はどこまでも広がっていくのでやがて限界を超えるようになる。

私たちは限界を見つけるのがあまりにもうまくなってしまっている。ここにも限界があり、あそこにも限界がある、とめざとく限界らしき発現を見定めているうちに、限界のないものを見つけることができなくなってしまっている。

この世界は私たちの意識が創り上げている。この世界では私たちが意識したこと、意図したことが現実化する。このことに例外はない。私たちが心から望むこと、なにがなんでも実現したいこと、魂の奥底から湧き出る叫びがこの世界を創り出している。

物理学が意識と現実との関係を明らかにするのを待つ必要はない。今すぐに「私」の想いが現実を創るということを思い出しさえすれば、この世界は変わっていく。私たちの信じることがこの世界を創っている。

私たちが本当に心から望むことを叶えるときに必要なことは、「私」という意識が「今」という世界を創り続けているということを信頼するということ。私たちを取り巻く環境、宇宙、人、全ては「私」という実存のクリエイションであり、私たちはそのクリエイションを体験するためにここにいるということを。生をトータルに信頼することで現実創造が起きる。

私たちはお互いに繋がっている。宇宙は星々の繋がりを通じて私たち生命体の一つ一つが繋がっていることを示している。私たちはどこまでいっても一つの大きな繋がりの中にいて、そこから外れることがない。あらゆるものは一つの繋がりの中で存在し、全てにおいて調和が取れている。

この世界には私たちの現実創造をさまたげるものはなに一つない。私たちは完全に自由で在り、私たちが意図することが必ず現実化するだろう。

私たちが信じるものが常に私たちに現実として与えられる。過去にこのことを信じてきた人たちは、奇跡と呼ばれることを起こしてきた。

100年前に生きた人たちが「今」の私たちを観たら、きっと天国にいると思うだろう。奇跡は「今」毎瞬間起きている。そして「今」この瞬間にどんな奇跡を起こすかは私たちに託されている。

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