多次元的知覚が本当にひらいた話

7月に、第5回K&Sコミュニケーション講座で『多次元的知覚をひらく』というテーマで深瀬さんと二人で話しましたが、最近は本当に自分の多次元的な知覚がひらいてきたのでその体験を共有します。

その日は京都で行われた深瀬啓介ドリーミング展が終わって、家でSarahとのんびりしていました。どうも頭がぼんやりして視界がなにかいつもと違うと思っていたら、突然、Sarahの周りに様々な色の光の帯が現れました。太い帯状のものから細い糸のようなものまで、様々な光が立体的に交差し、ゆっくりとうごめいています。綺麗だな、と思いました。きっとこれが深瀬さんがいつも観ている世界なのだろうと思いました。

しばらくオーラ(?)のようなものを観察していましたが、ふと、個展のお話会で深瀬さんが「オーラの奥に入っていくとドリーミングがある」というようなことを言っていたのを思い出し、この奥に行くことができるなら行ってみたいと思いました。そして、「奥へ行く!」という意図を持ってオーラの中をぐっと見つめました。すると、いきなり足元に桟橋のような木の板が現れ、眼前に真っ黒い海が現れたのです。

これが私にとってのドリーミングの世界の始まりでした。

これまで深瀬さんとはドリーミングの話をいろいろとしてきていたので、突然そんな世界が展開したにも関わらず驚きはなく、むしろ、おー、こんな感じで視界が変わるのか、と興味津々でした。ドリーミングを体験してそれを現実に観ていることが楽しく、あっちこっちを眺めては面白がっていました。ドリーミングでは目線を上下に変えたり遠くを観ようとしたりするとフォーカスが変わり遠くが観えたりより細かなものが観えたりします。また目を閉じても開けても全く同じ景色が観えるのもドリーミングの大きな特徴です。

最初のドリーミングから出た後、だんだんと記憶が薄れていくので記録しておこうと思い、色鉛筆でその様子を絵に描きました。その絵がまた微妙で、、、笑 描きたいという気持ちはわかるけどでもね、、、という感じだったので、もう描くのはやめておこうと思いました。

その後、南仏リトリートに行っている間も皆でカフェにいるときなどにいきなりドリーミングが始まったりして、別世界を眺めていることもたびたび起こるようになり、これを一体どうしたらよいのか、と考えながらも明確な答えは見つからずただ時折やってくるドリーミングを眺めている日々が続きました。

最初のドリーミングから一ヶ月ほどたって、京都に住む仲間のゆきが家に遊びに来ました。ゆきに最近自分に起きているそんな話をすると、ゆきは「みえるんだったら描いてよー描いて描いて!」と。私は前に描いた絵を思い出して、「いや、描くのはちょっと・・・」とあまり気乗りしない返事をしていましたが、深瀬さんがちょうど京都に来るタイミングだったこともあり、もう一度描いてみようということになりました。

そもそも今年の目標は「あまり新しいことをしない」ということでした。「新しいことをしない」という消極的な一文が1年の目標なのは、私の性格がすぐに新しいことを始めてしまう傾向があるからです。それまでの自分の世界を超えることが面白いので次々と新しいことに挑戦する、それが自分の変容の原動力になっているのですが、あまりにやることが増えてくるとPremiereProとPhotoshopとIllustratorとブラウザ三つ立ち上げたMacbookみたいに全体の動きが微妙に遅くなってくる(当たり前なんですが・・・笑)のでやることを絞ろう、という目標を立てたのです。

しかし今年は、、、ドリーミングは観ているわ、絵は描いているわ、サイトはゼロから作るわ、どれも去年なら一ミリも思わなかったことばかり。結局のところ新しいことばかりやっている自分に、「まだ三つだから。。。」と言い聞かせています。

そうして、本気でドリーミングを描くことになり、深瀬さんに画材のレクチャーを受けて五条の画材屋さんに真夏の日射しが照る中、自転車で駆けつけました。しかし、肝心の画材のメモを携帯ごと家に忘れたらしく、なにを買ったらよいのかさっぱり分からず、うんうんうなりながら話の内容を思い出して絵の具を選ぶことに1時間を費やしました。絵の具の名前とか、もともと聞き慣れない名前ばかりなので、半分しか思い出せないし、時間は過ぎていくし、、となんとなく疲れてきてポケットに手を入れたらそこには携帯が!笑 もう30分かけて携帯を見ながら絵の具や紙を選んで家に帰りました。

そのときに思ったのは、実のところ、「記憶力」というのは存在しなくて、全てが「思い出し力」なのではないか、と。

その夜、深瀬さんに絵の描き方を教わり、深瀬さんのドリーミングを描きました。しかし、今回は形や色を観ようとするあまり、気合いが入りすぎてドリーミングそのものが観えなくなってしまっていました。描き上がった絵は曖昧でなんだかよくわからない。。。でも不思議だったのは、その絵を描いた後に、その絵を昔に見たことがあるように思えたこと。しかも、絵の中で帯状に光が広がっているところに、一本間違えたように帯の色を重ねているところがあり、その「間違えた」という感覚を覚えていたような気がしました。絵を描いているときは初めて描いている気分だったのですが、絵を描き終えると描き方や間違え方にも不思議な既視感がありました。

その何日か後、ゆきが深瀬さんのセッションを受けにきたので今度は私も同席して二人でゆきのドリーミングを描きました。

深瀬さんと私とゆきの三人でセッションスタート。私はドリーミングが観えるまで時間がかかるので、しばらくじっとしてましたが、深瀬さんはスタート一秒後からさくさく描いています。ゆきが面白い質問ばかりするのでそちらに気を取られながらも、ここで話に意識を向けるとまたドリーミングから離れるので話さないように気をつけながらドリーミングに完全に入るまでじっと待つこと15分。今回は「なにかを観よう」という意図もなく、ただひたすらシーンを眺め続けました。

すると、最初に青っぽい女性が出てきました。斜めになにかに向かってひざまづいています。その上には太陽みたいな帯状の光がいくつも出てきて、おおお、と思っていると、右上に岩の建物のようなものが、、、これはなんだろうときょろきょろ(ドリーミングでは実際に上を向くと上の風景が観える)していたら、岩はなにか教会の様な古い建物で、窓には宇宙が映っている。女性は外にいるので普通に考えると外から建物を観ているはずなのだけど、何度観ても建物の中に宇宙が観える。。。面白い。笑 

ドリーミングでは現実とあまり整合性がないものや、物理的におかしなもの、これまで観たことのないものが観えてくることが結構あって、そこをジャッジせずにフラットな視点で見続けるのが重要です。自分の経験からなんとなくここはおかしいからこうだよなと思ってしまうとドリーミングもそっちに傾いていって、本来のエッセンスから離れていき、観たいものだけを観る世界に入ってしまう。ドリーミングは現実的かどうかは関係なく、本質がまとっている周辺のものが全て落ちていった状態が自分に分かる形で表現されている状態なので、できる限り自分の概念やジャッジを含ませずにありのままをとらえるとより明快なドリーミングを受け取ることができる。表現されたものを受け取るのは自分なのである程度のフィルターがかかっていることは確かなのだけど、そのフィルターをできるだけ薄くするというような感じで観ていきます。

やがて全貌が観えてきました。一カ所を除いて。。。

ひざまずく女性とそこを照らす光、石造りの建物と宇宙。光と女性の間をじっと観ると、その空間に何があるかがじんわりと浮かび上がってくる。なにか青とグリーンの光の帯が女性の頭やハートからうねるように流れ出ている。そして、上方の光の塊から一条の光が女性の頭に接続している。女性のいる足元をよく観ると、グリーンの芝のような感じ、そして右下に向けて女性が何を見ているのか、何に向かって祈っているのか、だけがブランク。なにもわからない。そこだけ真っ白。なんで?笑 という感じ。

あせらずじっと観る。でもなにも出てこない。焦る。。。笑 

ここはそんなに重要なところじゃないからブランクなのかな。。。などと気休めの想念を入れてみる。笑

いや、きっとなにかしらの理由があって今は出てこないのだろう。ほっといて観えるところから描き始めよう。と、あきらめて建物を描き始めていき、ちらと観ると白いスペースに形が浮かび上がってきます。花だ!白い花!ゆりの形に似ている、この「似ている」という感覚が大事で、ゆりだ、と決めてしまうとドリーミングが傾いていくので、ただその雰囲気を受け取ることに徹するようにします。するとなぜ最初はこの花が観えなかったかが伝わってきました。白い花、その光があまりに強いので、視界がホワイトアウトしていたのでした。だんだんとその光になれてきて形を認識できるようになってきたようでした。

情景全体が観えるようになったので幾分安堵してまたじっと花を見ていると、白かったのにたまに赤ピンクになる。なんで?笑 色変わるの?笑 よおく観ていると、入れ替わり立ち替わり赤ピンクになったり白になったりしている。これ、どうやったら色の入れ替わり具合を二次元に描くことできるのだろうか。。。と思いながら、やっぱりこれを描くのは最後にしよう、と他のところを描き始めました。

描いていくと、だんだんと色や形の意味合いが伝わってきます。なにか最初は情報が氷づけになったままどんっと降りてきて、描いている内に氷がとけて情報が流れて伝わってくる感じです。

そのうちに、どう描いたらよいのか迷うところが出てきました。とにかく前にいつ絵を描いたかわからないくらい絵を描いたことがないので、どう筆を運べば観ているように描けるのかさっぱりわからない。わからないけれど描かないと進まないので、「ガイド、お願いします」といいながら適当に力を抜くと、筆が動いて線が描かれる。それも完全に脱力ではなくて、舟でたとえるなら櫂は持っているけど舵取りを任せるような、二人で方向が定まっていくような感覚。

どう描けばよいのか分からないところが出てきたり、自分の意思で勝手に線を描きそうになると、「ガイド、お願いします」と力を抜くようになり、次々と線を描き、色を乗せていく。ガイドに頼んでいる状態を「Guide、Onegaisimasu」でGOモードと名付け、ひたすら描き進んで行きました。「GO」というのはガイドと共に「行く」ということなのだなあ、と勝手に納得しながら。

絵が進んでさっきの花のところまで来ると、さっきとドリーミングが変化していることに気づきました。白と赤ピンクを行ったり来たりしていた花は、白い花に赤ピンクのラインが入った花になっている。あんなに動いていたのに今は普通の花に観える!これも情報の表現が時間を伴う形から時間を伴わない平面か立体で表現できる形態に視点が変化したのだと気づきました。お陰でなんの花かは分からないままでしたがはっきりと描くことができました。

GOモードを使い始めてからはいつものようにしゃべれるようになったので、深瀬さんとゆきが話すこの世の始まりと終わりみたいなことについていろいろな話をして、セッション時間はあっという間に終了しました。深瀬さんは相変わらずすばらしい絵を仕上げてゆきも感動していたけれど、私の方はまだまだあと30分は余裕でかかりそうな感じでした。笑

場所を変えてもう一度描き始めようと集中すると、また徐々にドリーミングが戻ってきます。そこから30分、GOモードでひたすら描いて、完成。しかし、深瀬さんのように文字は出て来なかったので、どこで終わったらいいのかよくわからないまま、「描ききった」感が出たところで筆を置きました。文字は出てこなかったものの、終わり頃にそのドリーミングのテーマが現れ出てきました。イメージがまとめてどん、と入ってきて、それを言葉で分類していくような感覚でテーマを読み解いていきます。

まず現れたタイトルのような大きな概念は、『太古の祈り』でした。そして絵に描かれていることの情報が次々とわかってきて、文章が出てきました。

「この絵は、太古の祈りを表しています。本質の光と人間が繋がっていたとき、祈りはたった一つしかありませんでした。『命と平和』それがこの祈りのテーマです。」説明も後からやってきました。「女性から出ている緑の帯は命を表しています。青い帯は平和を表しています。光の世界に生きるとき、闇はその人を覆うことができません。すぐそばには石造りの堅牢な建物があります。そこは聖なる場所であり、ポータルとして別の世界に行くことのできる場所です。窓からは多次元的に広がっていく宇宙が観えます。私たちはかのようなポータルを通じて別の世界を同時に生きています。」「祈りが捧げられている白と赤の花はあらゆる生命体同士の繋がりを表しています。私たちは連綿と続いている生命の循環のただ中にあって、一輪の花を美しいと感じるのは花を通じて私たちが世界の美しさと繋がっているからです。私たちは本質的に花と一体であり、全ての存在と繋がっているのです。」

ここでセッションは終わりました。まだ眼前には薄くドリーミングが広がっていて、ドリーミングの世界に残ることはできなくもないのですが、なんだか終わった感がすごくて、まるで試合が終わって閑散とした野球場に一人で座っているような気分だったので、ドリーミングから出ることにしました。

人間はあらゆる可能性を持っている、と常々思っていましたが、これほどはっきりとドリーミングの世界を観るようになるとは思っていませんでした。絵の意味も最初は全く分かりませんでしたが、後半にははっきりとその意味合いが送られて(?)きて、なぜこの姿なのか、なぜこの形なのか、なぜこの色なのかがはっきりと理解できるようになりました。また、この「理解」も、私の部分的な意識での理解であり、この一枚の絵に凝縮された情報は私の意識がとらえるよりも多いのだろうとも思いました。

観えているものをジャッジしない、確かめようとしない、そして絵となっていく対象についての意味を理解しようとしない、ということがドリーミングを観る上で最も重要であるということがわかりました。わかろうとせず、信頼し、ひたすら受け取る、自分で意図をかぶせない、ただそこに現れるドリーミングを見つめ、感じ取る。あるなにかの流れに乗るだけで全てが展開していくプロセスを体験して、これが生きるということなのかもしれないと思うようになりました。

人間の可能性は無限であり、私たちはいつでも新しい世界にひらくことができると心から思います。

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