Silence Is The Answer

静寂が答えだ。それ以外に答えはあり得ない。なぜなら人間の心の働きが止まったとき、「私」とはいったい誰なのか、この世界が本当はどのような姿だったかを知るからだ。

心は動き続ける。踊り続ける舞人に本を開いてを見せても、舞い続けている限り読むことはできない。舞が止んだときに初めてそこになにが書いてあるのかを知ることができる。心の動きが止んだとき、「私」は今どこにいるのか、どこを向いてなにをしているのかが分かるようになる。そこからもう一度舞い始めたとしても、その舞は以前の舞とは違う。舞人の在り方が変わっているからだ。

現実における「私」という本質の在り方を知るとそれ以外でいることはできなくなる。「今」に存在することが私たちの本来の在り方だからだ。

静寂は私たちの心を止める。心が止んだとき、私たちは心とはなにかを知るだろう。心が止んだとき、私たちはどこから来てどこへ還るのかがわかるだろう。

私たちの本質は今ここにある。これまでも、またこれからもずっとそうだ。本質はあまりに近くにあるので、気づくことが難しくなってしまった。心があまりにもうごめくので、静寂は遠く霧がかった山々のようになってしまった。しかし今すぐにでも私たちは静寂に入り、私たちによりそっている本質にいつでも出合うことができる。

瞑想とは、心を鎮めるアートだ。心がどこからやってきたかを知ることのできるたった一つの方法だ。誰もがいつでも瞑想を始めることができる。そして瞑想の先には静寂が待っている。それは至福の体験だ。どのようなリクリエーションも静寂の至福には遠くおよばない。静寂の中には「私」がいる。

「私」との出合いを果たしたとき、あなたの人生の旅は終わる。「今」という瞬間だけが生となる。

メニューを閉じる