Time Is An Illusion

時間は幻想だ。この世界には「今」だけが存在する。

私たちが「今」として観ているこの世界は私たちの想念の現れであり、私たちの在り方の結果だ。結果を変えることはできない。ピアノでC音を出そうとしてAの鍵盤を叩き、A音が出た。その現実を変えることはできない。Aという鍵盤を叩いた結果、Aという音が出たのに、それをCが出たことにしようと努力してもそれは叶わない。「今」という瞬間に表出した現実を変えようとするのはナンセンスだ。

私たちは現実を変えるのがナンセンスだと心のどこかで感じながらもずっと現実に働きかけてきた。時間が存在するという幻想の中にいると、現実に働きかけると次の瞬間に現実が変わるのではないかという思い込みにとらわれる。時間のない世界、「今」だけが存在する世界では、現実はただの結果であり、それを忘れることはあってもそこに働きかける必要は一切ないということがわかる。

時間は「今」という世界には存在していないし、私たちの意識から紡ぎ出された現実に働きかける方法など存在しない。

私たちの在り方がこの現実を創り上げている。私たちは在り方を変えることはできるが、できあがった現実に働きかけて現実を変えることは不可能だ。

私たちは在り方によって現実を創り出し、その現実を観たり聞いたりすることによって感じ取っている。そこにはタイムラグがある。在り方が先で、現実はその後でできあがる。現実を見つめて行動すると必ずタイミングが遅れるのでなぜかタイミングが合わないという現象が起きてくる。現実を観たらその現実を創り上げた自分の在り方を感じてそこにフォーカスすると在り方を変化させる事ができるようになってくる。在り方が変化するとその変化した在り方に応じた現実が現れる。

在り方にフォーカスすると全てにおいてタイミングが合ってくる。在り方だけが大事なので現れ出る現実についてあまり気にしなくなっていく。現実に固執しなくなると以前に体験した現実と、「今」体験している現実を比べることがなくなるので、時間が存在しなくなっていく。

時間は比べることによってのみ存在する概念だ。比べるものがない世界には時間が存在しない。そして、物事の本質にたどり着こうとするなら、在り方にフォーカスすることだ。時間という概念を脱ぎ捨てることだ。そうすれば、自然に全てが現れてくるのを眺めることになるだろう。

それは新しい生き方、傍観者としての生き方だ。

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